優雅でポップでメロディアス、隠し味にはちょっとした緊張感。 映画『二ツ星の料理人』の音楽

Burnt(Score)

ワタクシ今の仕事を10年以上やっておりますが、ブラッドリー・クーパー主演作のサントラの仕事をしたことがなくて、いつかやってみたいなーと常々思っていたのですが、念願叶って『BURNT』こと『二ツ星の料理人』(15)のサントラ盤(スコア盤)にライナーノーツを書かせて頂くことになりました。

映画のあらすじを簡単にご紹介しますと、過去にトラブルを起こして料理界から姿を消した天才シェフのアダム・ジョーンズ(ブラッドリー・クーパー)が、今度こそ悲願の「ミシュランの三ツ星」を獲得してやると心に誓い、過去の悪習慣を一切断ってロンドンのホテルレストランで再起を図るというお話。

 

今回はいきなり音楽について書かせて頂きますが、通常、料理映画というのは、「僕の(私の)料理でみんなを幸せに」というようなテーマが描かれていて、そこに「親子の絆」的な題材を絡ませるものが多かったりもするので、音楽も耳馴染みのいいソフトなものになる傾向があります。
例えば『幸せのレシピ』(07)とか、最近だと『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』(14)とか、このへんの映画のサントラを思い浮かべて頂くと分かりやすいかと。

ところが『二ツ星の料理人』の場合は、主人公アダムが激しい性格でキレやすいうえに、彼の「俺の料理で三ツ星を獲ってやる!」という強い動機で物語が進行していくので、一見ロマコメ風の内容でも妙な緊張感が漂っているんですね。
緊張感といえば厨房での料理シーンの見せ方もすごくて、流れるようなカメラワークとスピーディーな編集で調理過程を見せていくのですが、高級レストランの厨房というより、アクション映画に出てくる緊急時の司令室のような雰囲気が漂ってます。

 

で、こういう「ちょっとスリリングな感じの料理映画」にどういう音楽をつけるのか?…ということになるわけですが、そこで今回大変いい仕事をしているのが、作曲家のロブ・シモンセンなのです。
プレス資料に合わせて”シモンセン”と書きましたが、発音的には”サイモンセン”だと思います。

『フォックスキャッチャー』(14)や『アデライン、100年目の恋』(15)を代表作に持つシモンセンですが、映画音楽の他にもiPhone5のCM音楽を作曲したり、アルヴァ・ノトや坂本龍一、ダスティン・オハロランらが参加した、キース・ケニフ主宰の東日本大震災チャリティアルバム「For Nihon」に2.4 Metersという曲を提供したり、アンビエント/ポストクラシカル系の音作りもうまいアーティストでもあります。

amazonの「For Nihon」製品紹介ページ

で、今回の『二ツ星の料理人』の音楽は、そんなシモンセンの個性が存分に発揮された傑作スコア・アルバムに仕上がっているのです。

アルバムの収録曲はこんな感じ。

1. Adam Arrives To London
2. Finding the Team
3. Ingredients
4. Cooking For Simone
5. Presentation
6. First Service
7. Preparation
8. The Next Menu
9. Persistence
10. Quality
11. Soft Center
12. Adam’s List
13. Chef de Partie
14. For Paris
15. Yes, Chef
16. We Do What We Do

トラック[1]と[2]、[9]はギターとベース、ドラムスの効いたロックな曲調になっていて、あとは流麗なストリングスを用いた中・小規模編成のオーケストラスコア。
ストリングスが一定のパターンを繰り返す構成が何ともリズミカルで、マイケル・ナイマン風の上品なミニマル・ミュージックに、電子音を加えてよりポップな方向へシフトさせたようなサウンドがとってもオシャレ。
芸術的な料理を提供する高級レストランが舞台の映画にピッタリな、エレガントでメロディアスなスコアになってます(スコアの軸となるメインテーマ的なメロディーもちゃんとあります)。

その一方でトラック[6]とか[7]、[10]、[14]あたりは妙な緊張感があって、ここが先に述べた「この映画が従来の料理映画の音楽とはひと味違う」部分なのです。
「僕の(私の)料理でみんなを幸せに」的な内容だったら、たぶんこういう音楽にはならなかったでしょう。
「俺の料理で三ツ星を獲ってやる!」というアダムの強い意志と、その唯我独尊な態度が招く厨房でのピリピリしたムード(および人間関係)が、音楽にもしっかり反映されている。
芸術的で美しい料理の裏に隠された厨房での緊迫した空気が、優雅さと緊張感が同居したスコアで見事に表現されているわけなのです。

ちなみにアルバムには未収録ですが、終盤の料理シーンでは『ドニー・ダーコ』(01)のスコアが流用されておりまして、表面的な優雅さとは裏腹に異様な緊張感を醸し出していたりします。

 

ワタクシが最も「この曲よく出来てるなぁ」と思ったのは、トラック[4]のCooking For Simoneでしたね。毒舌レストラン評論家のシモーネ(ユマ・サーマン)が、アダムがシェフの座に就こうとしているレストランにやって来るシーンの曲なのですが、

アダムの策略でレストランにやって来るシモーネ。

「どうしよう、毒舌評論家がウチのレストランに来るよ!こんな料理じゃ酷評されるよ!」
…と狼狽するレストランオーナーのトニー(ダニエル・ブリュール)。

予想通りの展開に「ここは俺に任せろ」とドヤ顔で現れるアダム。

アダム料理開始。芸術的な料理を作り出す。

シモーネに提供されるアダム渾身のひと皿。
それを口に運んでウットリするシモーネ。

それを見て「アダムは石だって料理に出来るんだ」と自慢げに部下にささやくトニー。
晴れてアダムはトニーの店のシェフの座に就く。

…という一連の流れが3分弱の音楽で完璧に表現されているのです。
ある意味、本作で最もドラマティックなスコアではないかと。
個人的にはバースデーケーキのシーンの曲も気に入っております。

…と、まぁエレガントで時々スリリングな本作の音楽ではあるのですが、物語が進むにつれて傍若無人なアダムの繊細な一面が垣間見えるようになってきて、シモンセンの音楽もセンチメンタルな色合いが強くなってくるのが聴きどころですね。
「ひとりで頑張ってても辛いだけ。もっと仲間を頼っていいんだよ」という本作のテーマが、シモンセンの音楽にもしっかり反映されているというわけです。

1曲1曲の時間は短めなのですが、ミニマルなサウンドに仕上がっていることもあり、エンドレスで聴きたくなる魅力に満ちたスコア盤に仕上がっていると思います。

グルメ番組とかのBGMにも重宝するアルバムではないかと思うので、TV番組の音効担当者の方にもオススメの1枚です。もちろん、ブラッドリー・クーパーのファンの方にはジャケ買い推奨。

amazonの商品紹介ページ

『二ツ星の料理人』オリジナル・サウンドトラック・スコア
音楽:ロブ・シモンセン
レーベル:Rambling Records
品番:RBCP-2993
発売日:2016/05/25
価格:2,400円(+税)

 

Mychael Danna & Jeff Danna『A Celtic Romance』好評発売中!
レーベルショップ
iTunes A Celtic Romance: The Legend of Liadain and Curithir - Mychael Danna & Jeff Danna