BANGER!!!で書いた『ジェイコブス・ラダー』紹介コラムの補足/モーリス・ジャールの音楽をさらに深く掘り下げてみる。

10月17日から『ジェイコブス・ラダー』(90)4Kレストア版のリバイバル上映が始まるということで、BANGER!!!で作品紹介コラムを書きました。

『チェンソーマン』作者を魅了した“悪魔&地獄”のビジュアルとは?悪夢的音楽も必聴『ジェイコブス・ラダー』4K上映 | https://www.banger.jp/movie/151729/

1990年代の作品なので既にネタバレ/考察サイトなども多数見受けられますが、それでも当方は自分のコラムの中でネタバレになるようなことを書くのは嫌だったので、見どころをピンポイントでご紹介しつつ、物語の核心に触れることは極力書かなかったつもりです。個人的には何よりもまずモーリス・ジャールの音楽についてたくさん書きたかったですし。

そんなわけで、当方のブログではジャールの劇伴についてもう少し掘り下げていきたいと思います。

Jacob’s Ladder (Original Motion Picture Soundtrack / 30th Anniversary Expanded Edition) – amazon music

『ジェイコブス・ラダー』の劇伴では”Electronic Ensemble”としてマイケル・ボディッカー、マイケル・フィッシャー、ラルフ・グリアソン、リック・マーヴィン、ジャッド・ミラー、ナイル・スタイナーの名前がクレジットされていますが、特に重要なのがボディッカーとスタイナーの二人。

Witness (Original Motion Picture Soundtrack) – amazon music

ボディッカーは『刑事ジョン・ブック 目撃者』(85)の劇伴でシンセサイザー演奏を担当して以来、1980年代~1990年代の”エレクトリック・ジャール”の作品に欠かせないシンセ奏者です。
そしてスタイナーもEVI(Electronic Valve Instrument=電子管楽器)の発明者として知られる管楽器奏者で、本作の前にもジャールの『刑事ジョン・ブック』や『モスキート・コースト』(86)、『追い詰められて』(87)のレコーディングに参加していました。

つまり『ジェイコブス・ラダー』の音楽は、ジャールが『刑事ジョン・ブック』や『追いつめられて』などでタッグを組んだ腕利きシンセ奏者たちと共に作り上げたものということになるわけです。

BANGER!!!のコラムでも少し書いたように、ジャールは「オーケストラを雇う金を節約するためにシンセで代用する」というやり方には否定的だった。でも「普通のオーケストラでは出せない音」を使って曲を作るなら、あるいはオーケストラにエレクトロニクスを融合させて曲を作るなら新たな次元が生まれるのではないかと考えていたのでした。それを実践したのが前述の『刑事ジョン・ブック』だったわけですが。

『刑事ジョン・ブック』のシンセ劇伴を聴いたとき、「アーミッシュは文明の利器を用いることを良しとしないのに、シンセスコアを用いるのは矛盾しているのではないか」という意見もあったのではないかと思います。しかしアーミッシュの社会では電子楽器はもちろん生楽器ですら「禁忌」にあたるものなので、オーケストラスコアを作曲したところで教義的な矛盾は避けられなかった。

だからジャールはこの映画でシンセサイザーをそのまま「電子楽器」として使うのではなく、「電子楽器でも生楽器でもないような、何の楽器か分からない音」として用いることで、アーミッシュのストイックで清浄な雰囲気を表現したのでした。
ジャールの生前のインタビューによると、シンセを5台とか8台使ってオーケストラを指揮するように曲をレコーディングしたのだとか(その結果、普通にオーケストラを雇うのと同じくらいのお金がかかったらしい)。

『ジェイコブス・ラダー』の劇伴も『刑事ジョン・ブック』の流れを汲むサウンドと考えていいかもしれません。ただ、今回は松居和の尺八やL.シャンカールのダブルネック・ヴァイオリン、「キトカ」なる女性コーラスアンサンブルの演奏も加わっています。
ダブルネック・ヴァイオリン(あるいはダブル・ヴァイオリン)というのは下記の動画で見られるようなカスタム楽器です。

本作のジャールの劇伴を聞くとドゥドゥクのような管楽器の音も聞こえてくるのですが、ドゥドゥク奏者の名前はブックレットに記載されていないため、これは松居氏が尺八と一緒に演奏を担当したのか、尺八の音をシンセで加工したのか、前述のスタイナーがEVIで出した音なのかは不明。たぶんこの中のどれかだとは思いますが。

『ジェイコブス・ラダー』は旧約聖書の「ヤコブの梯子」の物語に着想を得ているので、劇伴も宗教音楽のテイストが織り込まれています。でも一般的にイメージするようなキリスト教的な音楽(教会音楽)ではなく、ピーター・ガブリエルの『最後の誘惑』(88)やジョン・デブニーの『パッション』(04)のエキゾティックな路線。
そして脚本を手掛けたブルース・ジョエル・ルービンが若い頃にチベット僧院やバンコク/シンガポールなどの寺院で生活した経験のある人物のため、彼の東洋思想(特にチベット仏教)を反映させたものとも考えられます。

このように観念的、かつ悪夢的な音楽が劇中で流れるからこそ、メインテーマのピアノ曲の繊細さが際立つんですよね…。

2020年にQuartet Recordsから発売になった30周年記念版サウンドトラックアルバムは入手困難になりましたが、近々La-La Land Recordsから35周年記念版サントラが発売になるので、Quartet盤を買いそびれた方はこの機会にぜひ。内容的には旧Quartet盤とほぼ同じ(装丁が新デザインになった程度?)のようです。

Jacob’s Ladder (35th Anniversary Limited Edition)<限定盤> – TOWER RECORDS

サントラ盤はジャールの劇伴集なので、アル・ジョルソンの”Sonny Boy”以外の歌曲は未収録。

悪夢のハウスパーティー会場で流れていた曲は、マーヴィン・ゲイの”What’s Going On”、ラベルの”Lady Marmalade”、ジェームス・ブラウンの”My Thang”。”My Thang”はブラウンのアルバム「Hell」収録曲というあたり、示唆的な楽曲使用だったのではないかと思います。

ちなみに「激しく頭を振る男」のビジュアル(撮影技法)は、通常1秒間24フレームで撮影するところを4フレームで撮るとああいう感じになるそうです。CGを使うよりも断然迫力がありますね…。
初見時はジェイコブがなぜあのような幻覚を何度も観るのだろうと思いましたが、たぶん「自分の目の前で謎の発作を起こして死んだ戦友の姿がショックだったから」ではないかと思います。あのときのトラウマが「激しく頭を振る男」の幻覚となってジェイコブを苦しめるのでしょう。

今回の4Kレストア版上映では、そういった細かい部分もじっくり味わって観て頂きたいなと思います。

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