テレンス・ブランチャードの音楽が示唆する「『ハリエット』=スーパーヒロイン映画」の構図

ランブリング・レコーズ様からのご依頼で、 『ハリエット』(19)のサントラ盤に音楽解説を書かせて頂きました。
音楽担当はスパイク・リー作品でおなじみのテレンス・ブランチャード。

『ハリエット』の簡単な見どころと音楽の概要については、 例によってBANGER!!!コラムで簡単にご紹介致しました。

パワフルな主題歌と雄大な音楽! アカデミー賞ノミネート作『ハリエット』はリアル・スーパーヒロイン誕生の物語 | BANGER!!!
https://www.banger.jp/movie/30128/ #BANGER

当方のブログでは、サントラの差込解説書やBANGER!!!コラムで書ききれなかった ブランチャードに関するよりディープなネタを書かせて頂こうかなと思います。

オリジナル・サウンドトラック ブラック・クランズマン (TOWER RECORDS)

『マルコムX』(92)や『25時』(02)、『ブラック・クランズマン』(18)など、ブランチャードはスパイク・リーの諸作で「アメリカ社会」や「アメリカ社会におけるアフリカ系アメリカ人」の歴史を音楽で描き続けている作曲家ですが、自身のソロワークでもこういったテーマを内包したアルバムをいくつかリリースしています。

Terence Blanchard – Tale Of God’s Will (A Requiem For Katrina) [TOWER RECORDS]

Terence Blanchard – Breathless (TOWER RECORDS)

例えば「A Tale of God’s Will」はハリケーン・カトリーナの悲劇をテーマにした作品だったし、「Breathless」は白人警官によるエリック・ガーナー窒息死事件をテーマにした作品でした。

そんなブランチャードであるから、奴隷解放運動家のハリエット・タブマンの伝記映画のために音楽を作曲するというのは、監督がブランチャードの長年の友人であるケイシー・レモンズであることを差し引いても、彼自身にとって意義のある仕事だったのではないかと思います。

その彼が『ハリエット』で高揚を喚起する雄大なオーケストラスコアを作曲したというのも興味深い。
前述のBANGER!!!でも書かせて頂きましたが、この映画は「奴隷の過酷な実態を描いた伝記映画」というよりも、「奴隷から英雄になったハリエットの英雄譚」という印象が強いのです。
「この映画をスーパーヒーロー映画の誕生編みたいな見方をしてもいいのかな…?」と思ったのですが、インタビューなどで監督のレモンズと主演のシンシア・エリヴォ自身が「 It’s a Superhero Movie, not a Slave Movie」と言っていたので、ああ、この見方で合ってるんだなと納得した次第です。

だからブランチャードの音楽も憂鬱になるような暗い音楽ではなくて、「虐げられし者たちよ、立ち上がれ!」と鼓舞するような音楽になっているというわけです。
海外のインタビュー記事にいくつか目を通してみたところ、 ブランチャードは「ハリエットの精神を体現した音楽か否か」という点に留意して曲作りに臨んだそうで、 レモンズ監督と「この音楽はハリエットらしくない」「この音楽はハリエットらしい」とディスカッションしながらスコアを作曲していったとのこと。
それを考えると、『ハリエット』の音楽がドラマティックなのも、 陰鬱さを避けて高揚を喚起するメロディ/ハーモニーが使われているのも、 監督・作曲家の双方の意図によるものであることが分かります。

もっとも、この映画での「ハリエット=19世紀のスーパーヒロイン」という描き方については、本国でも賛否が真っ二つに分かれているようなのですが。
まあ、本作は伝記映画とは言ってもドキュメンタリーではないので、ケイシー・レモンズ監督の「私が敬愛するハリエット・タブマンを観て下さい!」というコンセプトの作品なのだとワタクシは解釈させて頂きました。

ブランチャードというと社会派ドラマや都会派スリラーの音楽のイメージが強いですが、戦争映画『Red Tails』(12)では骨太なアクションスコアを作曲しておりまして、その時に培った”燃える音楽”の作曲テクニックが『ハリエット』にも反映されているなという印象です。

『ハリエット』の音楽はハリエットの第1テーマと第2テーマを軸に、
サブテーマがひとつふたつある感じの構成かなと。
第1テーマがヒロイックなメロディで、第2テーマが哀愁の美メロといった感じ。どれも印象的なメロディラインのテーマ曲です。

サントラ盤にはもちろん主題歌の「スタンド・アップ」も収録。
ブックレットに歌詞カードはありませんが、YouTubeにFocus Features公式のリリックビデオがあったのでリンクを張っておきます。「どんな内容を歌っているのか知りたいよ~」という方は、このビデオでご確認頂ければと思います。

『ハリエット』オリジナル・サウンドトラック(TOWER RECORDS)

『ハリエット』オリジナル・サウンドトラック
音楽:テレンス・ブランチャード
発売日:2020/03/25
品番:RBCP-7418
価格:2,400円(税抜)

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