
2026年1月9日から『ストレイト・ストーリー』(99)4Kレストア版の上映が始まったようです。
先日「確かこの映画の音楽はデイヴィッド・リンチの自宅スタジオでレコーディングした初の作品だったような…」といったことをXに投稿しました。仕事の原稿でもないSNSへの投稿とはいえ、いい加減なことは書きたくなかったので、その後いろいろ調べてみました。
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まずリンチの自宅スタジオというのが「Asymmetrical Studio」という名称なのですが、『ロスト・ハイウェイ』(97)のサントラ盤にはこのスタジオ名の記載がなかったので、これで一応の情報の裏付けは取れました。確かにリンチの自宅スタジオでレコーディングした初の映画音楽作品でした。
では「自分は一体どこでこの情報を仕入れたんだったかな…」と思い出してみたところ、『マルホランド・ドライブ』(01)ブルーレイの映像特典にあったアンジェロ・バダラメンティのインタビューでした。

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ヴァイオリン奏者6人、ヴィオラ奏者3人、チェロ奏者3人、コントラバス奏者1人、ギタリスト3人と一緒にレコーディングしたそうです(バダラメンティもシンセサイザーを演奏)。少人数のアンサンブルだから、大きなスタジオでなくてもレコーディングできたということなのでしょう。
『ストレイト・ストーリー』はギターとフィドル(ヴァイオリン)の音色が印象的なカントリーミュージックの要素が入った劇伴で、バダラメンティにカントリー音楽の印象が全くなかったので、当時の自分は少々意外に思ったものです。
これは前述の映像特典のインタビューで語っていたことではありませんが、当時バダラメンティは同時期にカントリーミュージックの仕事をしていたのだそうで、この幸運なタイミングが名曲を生み出すことにもなったのでした。

某所で読んだバダラメンティのインタビューによると、リンチは撮影した映像を持って彼の家に来て、映像を観ながらいろいろ話し合っていたのだけれども、それだけでは曲作りのインスピレーションが湧かなかった。
しかしリンチがシシー・スペイセク演じるローズの話を始めたとき、バダラメンティは彼女のキャラクターに共感し、ローズを始めとする登場人物たちへの理解が深まったのだそうです。つまりアルバム2曲目の”Rose’s Theme”はこの映画の中でも重要な位置を占める劇伴ということになります。『ツイン・ピークス』における「ローラ・パーマーのテーマ」的な位置づけかな。そしてアルバム5曲目の「アルヴィンのテーマ」が本作のメインテーマと。
ちなみに『ストレイト・ストーリー』の音楽では、リンチのアルバム「Blue BOB」の共同制作者ジョン・ネフが作った曲も使われているとか(リチャード・ファーンズワース演じるアルヴィンが悪い知らせを受ける病院のシーンなど)。その劇伴…というか音響デザイン的な曲はサントラに入っていませんが。
ネフは数年間リンチ作品のエンジニア/ミキサーを務めていて、リンチの自宅スタジオの製作にも携わったミュージシャン/音響エンジニアです。ネットで見つけた彼のインタビュー記事もなかなか面白かったのですが、まあ全部書いてしまったらつまらないのでここでは内緒。
そういえば当時映画雑誌の「スクリーン」でリチャード・ファーンズワースの来日記者会見の書き起こし記事を読んだのを憶えています。「刺身にポン酢をつけて食べたら美味かったね」と言っていた気がする。記事の書き手だか司会者だかに「ええ~?」というリアクションをされていた記憶がありますが。
ブログを書くために先日久々に『ストレイト・ストーリー』を観直しましたが、やはりいい映画だなとしみじみ思いました。
何と言ってもファーンズワースの翁の演技・表情が素晴らしい。撮影当時70代後半だったと思いますが、お顔に深く皺が刻み込まれているのに、いまもどこか少年のような目をしている。雄弁にセリフを語らなくても、ぽつりぽつりと語る言葉は含蓄に富んでいて、沈黙の”間”にも深い意味があるのではないかと思わせてくれる”何か”がある。
そしてデイヴィッド・リンチの演出もいい。「いつも奇妙な映画を撮っている人が万人向けの普通の映画を撮れると分かったから」とかそういう問題ではなく、これだけ映画本編でゆったりとしたスローな雰囲気を作りながら、上映時間はきっちり2時間以内(約111分)で収めるという職人的な手腕がお見事だなと。「名作・傑作と謳われる映画は3時間前後が当たり前」という昨今の風潮をいささか疑問に思っている当方としては、『ストレイト・ストーリー』を観ると「2時間あれば心の琴線に触れる映画がしっかり撮れるじゃないか…」と思ってしまう。
「おじいちゃんの一人旅ロードムービー」といえば、当方は『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』のサントラ盤に音楽解説を書きました。
あれもいい映画ではあったのですが、個人的には「ハロルドの翁の一人旅に興味本位でついてくる野次馬」の存在が鬱陶しくて仕方がないという唯一にして最大の”受け入れがたい要素”がありまして、映画を観ていて「この人たち、早くどっかに行ってくれないかな…」と思ったものです。
その点「世話を焼いたり、束の間交流を持ったりするけど、アルヴィンの意思を尊重し、事情を察して必要以上に干渉しない」という『ストレイト・ストーリー』の登場人物たちのほうがすごく好感が持てるし、この映画で描かれる「さりげない気遣い」「あっさりした優しさの表現」が好きです。
『ストレイト・ストーリー』は1999年の作品だから、この映画が公開されてから四半世紀近く経ったわけですが、時代も、人間の心の在り方も変わってしまったなと思いました。他人の気持ちが理解できなくなって、昨今は誰もが良かれと思って、相手の心の中にずかずかと土足で入り込むようなことを言ったりやったりしてしまう。SNSで「バズる」ことばかり考えていると、人として大切なものを失ってしまうのかもしれません。

当時リンチは本作について“Tenderness can be just as abstract as insanity”というコメントを寄せていますが、リンチが本来意図したものとは少し違う意味で、いまの時代「優しさ」というものは「狂気」と同じくらい抽象的で、他人には理解しがたいものになってきているのかなという気もします。『ストレイト・ストーリー』はいまの時代から失われかけている「優しさ」を描いた、いつまでも心に残る作品だと思います。
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