『ブレス しあわせの呼吸』のニティン・ソーニーの音楽は、なぜこんなにもポジティブな雰囲気に満ち溢れているのかという話。

ランブリング・レコーズ様からのご依頼で、
『ブレス しあわせの呼吸』(17)のサントラ盤にライナーノーツを書かせて頂きました。
音楽は音楽プロデューサー/DJ/マルチミュージシャンとして多方面で活躍するインド系イギリス人のニティン・ソーニー。

ソーニーのサントラ盤というと、
ワタクシ10年くらい前に『その名にちなんで』(06)のライナーノーツを書かせて頂いたことがありまして。

以前ライナーノーツを書かせて頂いた時の知識や経験が、
こうして新しい作品にきちんと活用できるというのは本当に有難いことです。

で、今回ライナーノーツを書くとなったら、
まずソーニーの情報もアップデートさせないといけないだろうと。
そしてブックレットを見たらアンディ・サーキス監督とソーニーのセルフ・ライナーノーツがあったので、
これも翻訳した方が読み手にとっては満足度の高い読み物になるのではないかと。
サーキスは日本でも人気が高いので、
正確な対訳をお届けするために、
学生時代の恩師に翻訳をお願いしました。

…というわけで、今回は「サーキスとソーニーのセルフ・ライナーノーツ全訳」+「当方の作曲家紹介&音楽解説」という構成になりました。

セルフ・ライナーノーツの翻訳に結構な文字数を割かないといけなくなったため、
ソーニーの略歴と『ブレス』の音楽解説を、いつもより少ない文字数で、いかに的確かつ効率的に執筆するかという難題に直面したのですが、
まあ自分としてはそこそこキレイにまとまったかなと思うので、
詳しくは是非サントラ盤の差し込み解説書をご覧頂きたい所存です。

したがってこのブログでは、ライナーノーツとは違う切り口から『ブレス』の音楽をご紹介したいなと思います。

 

ニティン・ソーニーはソロ活動で、
音楽を通して人種問題や社会問題へのメッセージを発信しているミュージシャンです。
デビューアルバムの「Spirit Dance」や、
ジェフ・ベックもカヴァーした”Nadia”を収録した「Beyond Skin」など、
インド古典音楽を含むワールドミュージックの要素をアシッド・ジャズやブレイクビーツと融合させた音楽で知られる人物ゆえ、
古風なメロドラマの香り漂う本作で一体どんな音楽を聴かせてくれるのか興味津々でした。
そしたら当方の予想とも違うちょっと意外な音楽を書いていて、
「なるほどそう来ましたか!」と思った次第です。

 

まず意外だったのが、往年のジョン・バリーあたりを彷彿とさせるクラシカルで流麗なオーケストラ・スコアを作曲していたこと(ジャズの要素も少々アリ)。
今回は自身のルーツであるインド音楽の要素はゼロ。
劇中、主人公のロビン・カヴェンディッシュが妻ダイアナや友人たちとケニアに行くシーンがあるのですが、そこでもアフリカ音楽的なスコアは鳴らさずでした。
ワールドミュージック的な要素は、カヴェンディッシュ一家がスペインに旅行に行くシーンでフラメンコギターが鳴るくらいだった気がします。

そしてもうひとつ意外だったのが、音楽が基本的に明るいこと
ポリオウィルスに感染して、若くして首から下が全身麻痺になった男の人生を描いた映画にもかかわらず、
全29曲のスコアのうち、明確に悲劇を感じさせる曲はほんの数曲。
例えるなら王子様とお姫様が出てくるファンタジー映画のようなロマンティックなスコアが多くの割合を占めているのです。
映画の題材を考えると、この大胆な発想には驚かされました。

しかし試写を見終えて何度もサントラに耳を傾けているうちに、
「『ブレス』の音楽はこれでよかったのだ」と大いに納得しました。
まあ詳しい内容については映画本編をご覧頂きたいのですが、
この映画のテーマに説得力を持たせるためには、
音楽が暗く悲劇的になりすぎてはいけないわけです。

医療のあり方や患者の人権など、
劇中でいろいろ問題提起もしているのだけれども、
この映画は「ロビン・カヴェンディッシュと妻ダイアナの愛の物語」という視点から終始ブレないので、
音楽も社会派映画的、実録ドラマ的なものであるよりも、まず「愛のドラマ」に奉仕するものでなければならなかったと。
ただ、あまりやり過ぎると安っぽいメロドラマみたいになってしまうので、
絶妙なさじ加減で音楽演出の”引き算”を行っているのがソーニーならでは。
(1曲あたりの演奏時間が1分台・2分台のものが多いのはそのためです)

ソーニーはドキュメンタリー映画の作曲の仕事が多い人なので、そもそも「抑制の効いた音楽」を好むタイプではあるのですが。

言うなれば『ブレス しあわせの呼吸』の音楽はニティン・ソーニーからロビン・カヴェンディッシュと妻ダイアナ、息子のジョナサン(本作のプロデューサーです)に捧げる”祝福”の音楽だったわけです。
“Breathe”と”Bless”で”ブレス”繋がりってことで。

何だかすごくピュアで心洗われるような音楽を聴いたなぁ、という気分にさせられたアルバムでした。
個人的にもかなりオススメのサントラです。

 

『ブレス しあわせの呼吸』オリジナル・サウンドトラック
音楽:ニティン・ソーニー
レーベル:Rambling RECORDS
品番:RBCP-3291
発売日:2018/08/22
定価:2,400円+税

 

 

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