『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』の音楽は「人生の偉大さと無意味さ、避けられない運命のようなもの」を描いている…と作曲家さんは語った。

ランブリング・レコーズ様からのご依頼で、アリ・アッバシ監督作『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』(24)のサントラ盤に音楽解説を書きました。
スコア作曲はマーティン・ディルコフ、デヴィッド・ホームズ、ブライアン・アーヴァイン、ダニー・フォードの4人(詳しくは後述します)。

ランブリングさんから仕事の依頼を受けたときには既に『アプレンティス』の劇場公開が終わっていて、「なぜこのタイミングで?」と思ったのですが、円盤化に合わせてサントラを出すことにしたらしい。サントラは劇場公開に合わせてリリースするのが一般的なので、このあたりも異色な感じでした。

『アプレンティス』の円盤(ブルーレイ/DVD)は下記リンクから。

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アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方(ブルーレイ)- TOWER RECORDS
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自分はトランプ氏のようなタイプが苦手なので、若き日のドナルド・トランプを描いた映画のサントラに何か書けるだろうかとものすごく悩みました。しかしセバスチャン・スタンの主演作だし、なにより作曲家のディルコフさんにインタビューできそうだということが分かり、それならぜひこのお仕事を引き受けなければと考え直した次第です。

大事なことなので本題に入る前に書いておきますが、このサントラ盤は劇伴集でありソングコンピレーション盤ではないので、ジョージ・マックレーやスーサイド、ニュー・オーダーらの劇中で使われた既製曲は未収録です。そのあたりを勘違いしてサントラを購入してしまい、「歌曲が入ってなかった。思っていたのと違う。つまらん」などと低評価のクチコミを投稿しないで下さいね。

間違われないようにもう一度書きます。

『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』のサントラ盤は劇伴集なので、映画の中で使われた既存のポップソングは入っていません。何卒ご了承くださいませ。

『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』オリジナル・サウンドトラック – amazon
『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』オリジナル・サウンドトラック – TOWER RECORDS

さて『アプレンティス』の劇伴はどのような感じかと申しますと、ひと言で言えばシンセ劇伴でした。
物語の舞台が1970年代後半/1980年代なので、あの時代のシンセサウンド。
その点はディルコフさんも意識していて、当時よく使われていたシンセ(いわゆるヴィンテージもののシンセ)を使って曲を作ったとのこと。

エンドクレジット曲はディルコフさんではなく、『オーシャンズ11』(01)や『ブラックバッグ』(25)のデヴィッド・ホームズ作曲なのですが、これが『スカーフェイス』(83)のジョルジオ・モロダーの劇伴にちょっと似ている。
派手なギターソロが入ってくるところがちょっと違うけれども、シンセの反復音が「トニー・モンタナのテーマ」っぽい感じ。これがなかなか面白い。

前述のように物語の舞台が1980年代だから、『スカーフェイス』の時代とも極めて近いし、「金ピカの調度品と肖像画が大好きで傍若無人な男」という点でトランプとモンタナはよく似ている。たぶん、曲も意識して似せたのではないかと考えられます。
ちなみにホームズが作曲を担当した劇伴の中でギターを弾いているのは、プライマル・スクリームのアンドリュー・イネスだったりします。ホームズは過去にプライマルの楽曲やアルバムをプロデュースしていたので、その縁での参加でしょう。

当方がディルコフさんにインタビューして聞き出した劇伴のコンセプトについてはサントラ盤の差込解説書を読んで頂きたいのですが、ひとつだけ劇伴のポイントをここで挙げるとするならば、本作の劇伴では「人生の偉大さと無意味さ、避けられない運命のようなもの」を描いたと話していたのが興味深かったです。
「とにかく相手を攻撃しまくる」「絶対に自分の非を認めない」「負けも認めない」、そして「勝利こそ全て」というトランプの人生観(もともとは弁護士のロイ・コーンから教わったもの)の空虚さを描いた音楽だとコメントしているわけです。

だからディルコフさんの音楽はトランプを茶化しているわけでもないし、露骨に非難しているわけでもない。少し距離を置いたところから「ドナルド・トランプの変質」を描いている。物悲しいメインテーマの旋律を聴くと、人間味のない思想に傾倒していく若き日のトランプの危うさと哀しさを表現しているように感じられる。そういう意味でもこの作品は「トランプとロイ・コーンのモノマネ演技で彼らをあざ笑うだけの映画」ではないと言えるでしょう。

作曲の分担としては、ディルコフさんが映画全体のメインテーマとなる曲(とそのバリエーション)を作曲して、ホームズとブライアン・アーヴァインがそのほかの劇伴、ダニー・フォードがソースミュージックをメインに作曲したという感じ。
ソースミュージックというのは、店内BGMとか室内BGMなどで使われているですね。フォードの作曲した音楽はサントラに1曲しか収録されていませんが、エンドクレジットを見ると”Faoin nGrian i mBalle Atha Cliath”、”Do My Own Thing”、”Derry Air (Traditional)”、”Wade in the Water (Traditional)”などの楽曲も作曲している模様。

ディルコフさんはデンマークの作曲家、ホームズとアーヴァイン、フォードの3人はアイルランドのミュージシャン。なぜこのような作曲体制になったかはディルコフさんがインタビューのときに教えてくれたので、差込解説書をご覧下さい。まあ勘のいい方は説明されなくても分かるかもしれません。

最後に、映画の中で使われた既製曲(当方が調べられるだけ調べた分)のリストを載せておきます。
「この映画の歌モノを聴きたい」という方は、これをもとにご自身でプレイリストを作って頂ければと思います。

Anti Anti Anti – Consumers
Street Man – The Brooklyn Dreams
Ella Arresto – Daniel Guzman Loyzaga and Osnel Odit Bavastro
El Preso – Fruko y sus Tesos
Sonata for Cello and Piano No. 4 1 Andante Vivace DG – Ludwig van Beethoven
Rock Your Baby – George McCrae
Moonlight and You – Adam Saunders, Mark Cousins and Simon Holland
Baby, Smile – Abel Mariscal Torres and Israel Mariscal Torres
Ghost Rider – Performed by Suicide
A Place That I Call Home – Diane Hirlian and Frank Sark
Fly Away with Me – Robert J. Walsh
One Night in New York – Adam Saunders and Frank Shelley
Yes Sir, I Can Boogie – Baccara
Always on My Mind – Pet Shop Boys
I’m Your Boogie Man – KC & The Sunshine Band
Fantasy Boy – New Baccara
Taking a Gamble – Adam Saunders and Frank Shelley
Blue Monday – New Order
My Country ‘tis of Thee (Traditional) James Lucas Cruickshank, Henos Girma, Elliot Hunter Self, Ross Cameron Bruce Fraser, Eamon Bernard Fraser
Cello Concerto in D Major, H. VIIb No2- 2 Adagio – Joseph Haydn

実は今回ご紹介したサントラ盤にも1曲だけ歌モノが収録されていたりします。3曲目の”Roy Genius”という曲がそれ。劇中では前半で薄く流れていた程度なので、聞き逃した方も多いかもしれませんが。ちなみにボーカルのBea Howardという方もアイルランドで活躍するミュージシャンです。

『アプレンティス:ドナルド・トランプの創り方』オリジナル・サウンドトラック
音楽:マーティン・ディルコフ
発売・販売元:Rambling RECORDS Inc.
品番:RBCP-3593
価格:2,970円(税込)
発売日:2025年7月16日

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