感動作?いやいや『キャプテン・フィリップス』は限定空間型サスペンスとしても優れた映画です

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『キャプテン・フィリップス』(13)の内覧試写を見たのは9月の最終週。
その後アメリカで劇場公開され絶賛の嵐、
そして東京国際映画祭のオープニング上映があり、
一般試写があり、今月29日からいよいよ全国ロードショー。
そろそろ何か書いた方がいいんじゃないかと思ったので、書きます。

この映画は2009年にソマリア海域で起きた、
海賊によるアメリカ貨物船襲撃及び船長の人質事件を描いた作品なのですが、
実話を元にした物語でサスペンスを作るとなると、これがなかなか難しい。

なぜなら、結末が既に分かっているから。

この映画も、トム・ハンクス演じるリチャード・フィリップス船長が、
「乗組員の代わりに自分が人質になって、奇跡の生還を果たした」
…という”事実”が既にあるわけで、
劇中でフィリップス船長が絶体絶命の危機に陥っても、
本来ならば安心して観ていられるはずなのです。

が、しかし。

この映画、結末が分かっているはずなのに、ものすごくスリリングです。
観ている最中、手のひらに嫌な汗が浮かぶぐらいの緊張感を強いられます。
海賊の船内捜索のシーンなんて、観ていて息苦しくなるほど。

確かにフィリップス船長は生還したけれども、
殺されるとまでは行かなくても、
海賊に暴行を受けるのではないか?
海賊に船を乗っ取られた時、乗組員はどんな行動に出たのか?
(船長の命令に逆らったり、暴走したりするクルーはいなかったのか?)
「こいつはビジネスだ(=アンタに手は出さねぇよ)」とのたまう海賊の言葉は信用出来るのか?
…などなど、観ていてハラハラするシーンが続出。

事件の「過程」を非常に丁寧に描いているから、
こういったリアルな緊張感が物語に生まれるのでしょう。
「あの時、あの場所で何があったのか」という知的好奇心をそそられる、
緻密な物語構成と言えるでしょう。

そこにポール・グリーングラス監督お得意の演出技法、
「揺れまくるカメラと、意図的にラフに仕上げた編集」
「観客を事件の現場の最前線に放り込んだような接写映像」
「第三者的視点ではなく、事件関係者の目線で進行するストーリーテリング」
…などが加わるものですから、
そんじょそこらのサスペンス映画では太刀打ち出来ない、
素晴らしくパワフルな限定空間型サスペンスドラマが出来上がったのです。

 

特にソマリアの海賊の描写が出色です。
映画冒頭の「仲間集め」からして不穏な空気を醸し出していますが、
彼らは傭兵でも何でもなく、元はと言えば失職した漁師というシロウト。
しかも効き目の強そうなハッパを常時吸ってハイになっている。
場当たり的に貨物船を襲撃して、
予定外の事態に神経過敏になって、
しかも常時ラリっている海賊が何をしでかすか。
突然キレて凶行に走るのではないか?
海賊の行動が予測不能なので、かなり恐いです。
演じているのが無名の俳優だから、行動パターンが読めないのも秀逸。

さらに後半からは米軍が介入してくるため、
事態は更に緊張したものになってきます。
アクション映画でよくある「人質も犯人もまとめて殲滅」的な解決策を図るのか。
政治的・外交的思惑で、海軍も手が出せなくなるのか。
このあたりの駆け引きも実にスリリングです。
映画を観る前に、この事件についての情報をあまり頭に入れない方がいいですね。
映画を見終わったら、ネットやパンフなどで事件の詳細を調べてみる感じで。

 

見方はいろいろあるかと思いますが、
自分はこの映画を「実録サスペンス・ドラマ」だと思っています。
その上で、最後に深い余韻を残してくれる。
感動…というのとも少し違う、安堵というか何というか、
この世界のほろ苦さを伴った、複雑な後味。

グリーングラスの前作『グリーン・ゾーン』(10)はイマイチな出来でしたが、
今回の『キャプテン・フィリップス』はかなり高水準な仕上がりでした。
この人は軍隊そのものを描いた作品より、
「ある状況に軍隊が介入するドラマ」が得意なのかもしれません。
必見です。

 

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