
先日、仕事場の棚の奥から『シー・オブ・ラブ』(89)のサントラ盤を見つけました。
久々にアルバムを聴いたところ無性に映画本編も観たくなり、これまた久々にブルーレイを鑑賞しました。
アル・パチーノが4年ぶりくらいに映画界に復帰した作品ということで、この映画でゴールデングローブ賞の主演男優賞にノミネートされています。
パチーノの80年代といえば『クルージング』(80)と『スカーフェイス』(83)で物議を醸して、『レボリューション・めぐり逢い』(85)が大コケ&ラジー賞にもノミネートされるという不遇の時代でもありました(『クルージング』と『スカーフェイス』も演技部門以外でラジー賞の対象になっているのが当方としては非常に心外です)。
だから賞レース狙いの作品というわけでもないこのラブ・サスペンスでGG賞にノミネートになったというのは、「映画界におかえりなさいアル・パチーノ!」という意味もあったのではないかなと思ったり。
もっとも、映画自体もスリラーとしてよく出来ていて、まだ出会い系サイトもない時代にブラインド・デートを題材にして連続殺人を展開させる脚本は、おそらく当時かなり画期的だったのではないかと。悪女スリラーとしても『氷の微笑』(92)よりも前に公開されたわけですし。
基本的にスリラー映画だけれども、刑事たちの日常が妙にユーモラスなところがあったりするのも面白い。ジョン・グッドマン、マイケル・ルーカー、リチャード・ジェンキンス、ジョン・スペンサー、ポール・カルデロン、サミュエル・L・ジャクソンら脇を固める共演者が、この映画のあと全員大物になっているのも見どころポイント。
…とまぁ久しぶりに『シー・オブ・ラブ』を堪能したわけですが、ネットで調べたところDVDは映像特典が収録された「スペシャル・エディション」なのだとか。
ブルーレイのほうが特典が少ないなんてことがあるんですね…。
気になる特典は、ハロルド・ベッカー監督の音声解説と、メイキング映像(約14分)、未公開シーン集(約6分)、オリジナル予告編(約1分)。自分のような仕事(=映画音楽ライター)をしていると、やはり監督がどんなことを言っているのか知っておきたい。

…というわけで、ブルーレイを持っているにもかかわらず、DVDも買ってしまいました。
結論から申しますと、ハロルド・ベッカー監督が結構参考になることを喋っていたのでDVDを買って正解でした。
ワタクシ的には、映画開始早々トレヴァー・ジョーンズの音楽について語ってくれたのが好感度大。ベッカーが言うには、ジョーンズに「フィルム・ノワールのような音楽を書いてほしい」と頼んだのだとか。だからああいうテナーサックスが唸るフュージョン系のスコアになったわけですね。

映画の公開時期から考えると、ベッカーはジョーンズの『エンゼル・ハート』(87)の音楽に興味を持ったのではないかなと思います。
あの映画ではコートニー・パインの気怠いサックスをフィーチャーしつつ、打ち込みのリズムや低音の持続音を用いた不吉なスコアを作曲していましたが、あれは1950年代の物語だったので、『シー・オブ・ラブ』では音楽を現代風にアップデートした感じ。あとはラブ・サスペンスなので官能的な雰囲気もプラスしてます。
トレヴァー・ジョーンズは『ラスト・オブ・モヒカン』(92)や『ダークシティ』(98)のような勇壮な音楽でコアなサントラリスナーに人気がありますが、『エンゼル・ハート』、『シー・オブ・ラブ』、『死の接吻』(95)のような都会派スコアも名作が多いです。
さてその『シー・オブ・ラブ』のサントラ盤ですが、ワタクシはタワレコ渋谷店で買ったのかな(20年以上前だと思う)。確か”Special Price”のシールが貼られていて、1,300円前後で買った記憶があります。数年後には店頭から姿を消してました。たぶん、在庫限りで再入荷もなかったのでしょう。

基本的にはよいサントラなのですが、同じ曲を2つ収録してプレイタイムをかさ増ししているのが難点ですね。最初はメインテーマのバリエーションが収録されているのかと思ったのですが、どう聴いても”Main Title Theme”と”Theme Reprise”、”Theme – Reprise”は全く同じ曲でした。あと”Sea of Love”もフィル・フィリップス&ザ・トワイライツの全く同じものが2曲入ってる。
アルバム最後の”Sea of Love”は、映画のエンドクレジットで使われたトム・ウェイツのカヴァー版。前述のベッカーの音声解説を聞くと、彼がウェイツに「エッジの効いたカヴァー」を依頼したらしい。
ワタクシがこの映画を衛星放送かなにかで観た時は、まだウェイツのことを知らなかったので、「すごいガラガラ声の人が歌ってるな」と思ったものです。
ウェイツがカヴァーした”Sea of Love”は、一時期このサントラでしか聴けなかったレア曲でしたが、のちに彼のアルバム「Orphans」に収録された模様です。
そういえば『シー・オブ・ラブ』のスコアで印象的なサックスを演奏しているのは誰なんでしょうね…。ブックレットのスペシャルサンクス欄にトム・スコットの名前があるのですが、あのサックス奏者のトム・スコットなのか、同姓同名の別人なのかは分かりません。
『シー・オブ・ラブ』も再販が待たれるサントラですが、『スカーフェイス』のように語り継がれる作品でもないので、正直なところ望み薄という気も致します。
※2025年10月追記
あと『シー・オブ・ラブ』にまつわる逸話で個人的に好きなのが、当時パチーノと交際中だったダイアン・キートンがこの映画に出るよう勧めた話ですね。
前述の『レボリューション・めぐり逢い』の大失敗で完全に映画への情熱を失ったパチーノに「あなたはもう大スターじゃないんだし、出演オファーが殺到するような状況でもないんだから、この映画に出るべきよ。あなたにピッタリの役よ」という感じで助言したらしい。
当時のパチーノは舞台には出ていたものの、映画には一切出ておらず収入は激減。おまけに製作/主演を兼任した『The Local Stigmatic』(90)に私財を投じて破産寸前だったため、キートンの助言に従って『シー・オブ・ラブ』に渋々出演したら大ヒット。映画俳優としても見事な復活を遂げたのでした。
The one movie that saved Al Pacino’s career: “From having no money to being back in the chips” | Far Out Magazine
https://faroutmagazine.co.uk/movie-saved-al-pacinos-career-no-money-back-in-the-chips
気難しそうなパチーノにこんなアドバイスができたのも、『ゴッドファーザー』シリーズで共演して気心の知れたキートンだからこそだったのかもしれません。
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